
Rice RoboticsのStrategic Adviserを2022年から務めさせていただいています。その香港のロボティクス企業 Rice Robotics が新たな座組を発表し、オフィスも移転。そのグランドオープニングのパーティーに参加するため、香港へ行ってきました。ちょうど深圳に滞在していたので、高速鉄道でひとっ飛び。この「移動のクイックさ」と、そこから生まれる経済圏のダイナミズムに、改めて唸らされた出張でした。
写真は左から私、Mint Incorporation 会長兼CEOの Damian Chan、Rice Robotics 創業者のVictor Lee、そして Baacon・LikeJapan創業者のPaco Leung。Damianさんは MIT で建築学修士を取得した建築家出身という異色の経歴の持ち主で、そこからキャピタルマーケットとテクノロジーの世界へ転身し、2025年に Axonex Intelligence を立ち上げた人物です。Victorさんは自律走行ロボットの技術で日本市場にも顧客基盤を築いてきた起業家。
Rice Robotics AGI という新しい座組
今回のグランドオープニングは、Axonex IntelligenceとRice Robotics AGIという2社の新オフィス披露を兼ねたものでした。
流れを整理すると、2026年2月9日にNASDAQ上場企業Mint Incorporation Limited(NASDAQ: MIMI)とRice Roboticsが非拘束的なMOUを締結。そして5月22日、Mint社の子会社Aspiration X LimitedがRice Robotics Holdingsと正式に合弁契約を結び、Rice Robotics AGI Holding Limitedが誕生しました。出資規模は当初のHK$1,000万からHK$1,500万(約2億9,000万円)へと増額されています。
MOU発表時、Damianさんが語った言葉が印象的でした。「このパートナーシップは『なぜ香港ではないのか?』という問いへの力強い答えになる。多くの地元企業は主に販売チャネルとして機能しているが、Rice Roboticsと共に、我々はここでコア技術そのものを作っていく」。香港をロボティクス開発のハブにするという明確な意志が、この座組の根底にあります。
面白いのが、AxonexとRice Robotics AGIがMintグループ傘下の姉妹会社という関係にあること。役割分担も明確で、Axonexは法人・商業顧客に向けてAI、ロボティクス、IoT、デジタルツインを活用したスマート施設管理を提供する。一方のRice Robotics AGIは、同じ技術基盤をコンシューマー領域へと展開し、感情AIと自律ナビゲーションを統合した次世代のAIコンパニオンロボットを開発していく。「企業のオペレーションから、日常生活まで」この二社でフルスペクトラムをカバーする、というのがMintグループの戦略です。
そして今回、両社がひとつ屋根の下に集まることになり、新しいオフィスが必要になった。それが今回のグランドオープニングというわけです。会場は香港・長沙湾のLaford Centre。チームが一緒に働き、協業し、インテリジェント・ロボティクスの限界を押し広げていくための空間、という位置づけでした。
すでに具体的な成果も出ています。共同開発したAIコンパニオンロボット FLOKI Minibot M1は2026年初頭に英国の教育テック展示会でプロトタイプを披露し、第1四半期末までに最大800台を納入する契約も締結済み。4月には香港のInnoEXで半人型のNEXを含む6つのロボットシリーズを発表し、6月にはロボット向けの組込み型マイクロ保険をスイスの保険グループと共同開発すると発表しました。正直、動きが速すぎて追いかけるのが大変なくらいです。笑
深圳から香港へ、わずか14分

今回の移動で改めて感動したのが、広深港高速鉄道です。深圳の福田駅から香港の西九龍駅まで、なんと最速14分。この日は16時発の一等席で109元(約2,200円)でした。1時間におよそ10本という頻度で運行しているので、思い立ったらすぐ乗れる感覚です。
この路線が開通する前は、羅湖経由で香港〜深圳が49分かかっていました。それが14分。しかも西九龍駅では香港と中国本土の出入国審査を同じ場所でまとめて受けられる「一地両検」方式が採用されていて、乗り換えのストレスがほとんどありません。
たった十数分で、世界最強のハードウェア製造拠点と、アジア有数の国際金融センターを行き来できる。これは冷静に考えると、とんでもないことです。
この「クイックな移動」が生む経済圏の強さ

深圳という街の凄みは、ハードウェアのサプライチェーンの厚みにあります。ロボットやその部品を製造する企業はすでに数千社規模で集積し、減速機、モーター、ベアリング、センサー、バッテリー、制御基板、ヒューマノイドロボット一台を作るのに必要な部材が、すべて近距離で揃う。EV、ドローン、産業ロボット、スマートフォンで鍛えられた製造基盤が、そのままフィジカルAIの土台になっています。
みずほ銀行のレポートによれば、ヒューマノイドには「軽量化・小型化・高出力・高精度・高耐久」という、同時に満たすのが難しい条件が求められる。中国の製造基盤は、まさにこの手の無理難題に強い。産業というのは、無理難題に強い国から伸びるものです。
そして深圳から14分の香港には、資金調達の仕組みと国際市場へのアクセスがある。今回のRice Robotics AGIのように、NASDAQ上場企業と香港のロボティクススタートアップが組み、深圳のサプライチェーンで作り、東南アジア・日本・米国へ展開していく、この一連の流れが、物理的に「日帰りで完結する距離」の中に収まっているわけです。
ハードウェアの進化には、この距離の近さが効きます。 ソフトウェアと違って、ハードは試作と検証の往復回数がものを言う。金曜に香港で議論して、月曜には深圳の工場で試作品を触っている。このサイクルの速さこそが、大湾区(グレーターベイエリア)の競争力の源泉なんだと、現地にいて肌で感じました。
写真の配送ロボットの車体に「Insured by YAS / ZURICH」と入っているのも象徴的です。ロボットが街で働くには、保険という社会インフラが必要になる。Axonexはこの領域で、ロボットの稼働データを収集・分析し、それをYASの組込み保険プラットフォームと組み合わせることで、利用実態に応じたマイクロ保険を開発しています。「ハードウェア+データ+保険」のワンストップモデル、技術だけでなく、それを社会に実装するための仕組みまで含めて一気に作られていく。このスピード感が、大湾区の真骨頂だと思います。
タイム・イズ・マネーを地で行く街
帰りは会食のあと、香港から深圳のボーダーまでタクシーで移動しました。これがまた強烈な体験で。
制限速度80kmの高速道路を、平然と140kmで飛ばすんです。ドライバーいわく、とにかく一人でも多くの客を乗せたい。時間は文字通りお金だという感覚が、身体に染み付いている。安全面ではヒヤヒヤしましたが(笑)、この「1分1秒を無駄にしない」という執念のようなものが、街全体の空気になっているのを感じました。
面白かったのがライフハックの話です。書類を急いで届けたいとき、フードデリバリーの配達に紛れ込ませて一緒に運んでもらう、という手法があるそうで。本来の用途からは外れているし、正攻法ではないかもしれない。でも「今すぐ届けたい」という目的を達成するために、目の前にある仕組みを最速で転用する。この発想の柔軟さと実行の速さが、香港という街の底力なんだと思います。
日本人の感覚からすると、はちゃめちゃに見える部分もあります。ルールより実利、完璧さより速度。でも、だからこそ物事が前に進む。フィジカルAIのような、まだ正解が定まっていない領域では、この推進力が決定的な差になるのだと実感しました。深圳の製造力と、香港のこのスピード感。両者が地続きになっているのだから、そりゃ強いよなと。
フィジカルAIという巨大な潮流の中で

先日、IVS2026 KYOTOでフィジカルAIのパネルディスカッションのモデレーターを務めさせていただきました。AIがテキストやコードの世界を越えて、ロボットや産業オートメーションといった物理世界へ染み出していく、その最前線を、世界の起業家たちと議論した60分でした。

そのとき登壇者の一人が言った「日本には3年しか猶予がない」という言葉が、今回の香港・深圳出張で改めて重く響きました。
市場規模を見ても、この分野の伸びは尋常ではありません。経済産業省はヒューマノイドを含むAIロボティクス市場が2040年に世界で60兆円規模に成長すると試算しており、日本は世界シェア3割・20兆円市場の獲得を国家目標に掲げています。一方で中国は、UBTECH、Unitree、AGIBOTといった企業が量産スピードで他国を圧倒し、深圳では人型ロボットのパイロット生産ラインが次々と稼働を始めている。意思決定の速さと政策支援を武器に、製品化のスピードで先行しています。
日本は産業用ロボットで長年の強みを持ちながら、ヒューマノイド分野では米中に遅れをとっているのが現状です。精密工学の伝統と、AI時代のスピード。この両立ができれば再び世界をリードできるはずですが、そのためには「速く動く経済圏」の作り方そのものを学ぶ必要があるのだと思います。
写真の左に立っているのが、Axonexの半人型ロボット「NEX ONE」。100種類以上のシーン・物体・動作を認識でき、五本指のデクストラスハンドで医薬品のパッケージのような繊細なものも扱えます。右は自律走行の清掃ロボット。生産、パトロール、コンパニオンと、用途ごとに設計された実働機が並ぶ光景は壮観でした。Damianさんが語る「個々のロボットを作るのではなく、異なるタイプのロボット・制御ソフトウェア・応用シーンを網羅した完全なエコシステムを作る」という思想が、そのまま形になっています。
ロボットが「働く機械」から「暮らす相手」になる日

新オフィスには、法人向けの半人型ロボットから、家庭に入っていくコンパニオンロボットまでが並んでいました。人気IP「B.Duck」とコラボしたFLOKI Minibot M1が「ZZZ」と眠っている表情を見ていると、ロボットが「働く機械」から「一緒に暮らす存在」へと変わりつつあることを実感します。企業のオペレーションから日常生活まで、Mintグループが掲げるフルスペクトラム戦略を、そのまま目で見た気がしました。
Rice RoboticsのStrategic Adviserという立場で、こうした変化の最前線に立ち会えるのは本当に刺激的です。香港と深圳を14分で結ぶ高速鉄道に乗りながら、「距離が近いこと」がこれほどの競争力になるのかと、何度も考えていました。
日本にも、この密度とスピードを作れる余地はあるはずです。フィジカルAIの時代に日本がどう戦うか、その答えを探しながら、これからもこの領域に関わっていきたいと思います。
香港という金融都市と深圳という製造都市が、14分で地続きになっている。それ自体が面白い。産業は人と技術と資本が近い場所にしか生まれない、18世紀の英国も、20世紀のシリコンバレーも、1960年代の大田区もそうでした。大湾区を往復しながら、「技術は距離に宿る」という当たり前の事実をあらためて実感しました。