香港の鳩料理はなぜ別格なのか、友人の店で知った広東料理の底力

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紅燒脆皮妙齢鴿・皮パリの若鳩ロースト

Rice Robotics AGIのグランドオープニングに参加した夜、友人のAdrian Cheungが営む広東料理店で会食でした。灣仔にある一軒で、実は、昨年1年間で食べたなかでベスト2に選んだお店。この日はAdrianが私のために特別にコースを組んでくれて、名前入りのメニューカードまで用意してくれていました。あの鳩をもう一度食べたくて、香港に来るたび足が向いてしまう店です。

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弁護士をやめて、料理の道へ

Adrianの経歴が面白いんです。もともと弁護士としてキャリアを積んでいたのですが、それを手放して、この店を立ち上げました。動機は「伝統的な広東料理を次の世代に残したい」という一点。本人いわく「一日のスケジュールは食事を中心に回るべきだ」という信条の持ち主で、笑ってしまうくらい食に対して真剣です。

そして厨房を預かるのが、陳日生(Chan Yat-Sang)シェフ。この方の経歴がまた凄い。かつて香港でNo.1と評された順徳料理の厨房、順德聯誼總會という会員制クラブの総料理長を務めていた人物です。30年以上のキャリアで培った技を持つ、香港の伝統広東料理界では名の知れた存在。

つまりこのお店は、会員制クラブの奥に閉じ込められていた料理を、街に開いた場所なんです。かつては限られた会員しか味わえなかった順徳の技を、誰もが予約すれば体験できるようにする。「private dishes public again(私的な料理を、再び公のものに)」というのが二人の掲げるコンセプトで、キーワードが「功夫菜(Kung Fu Cantonese)」。手間と技術を極限まで注ぎ込む、伝統的な広東料理のことです。Black Pearl Awards 2026では1ダイヤモンドを獲得しました。

Adrianが用意してくれた、この日のコース

席に着くと、名前が印字されたメニューカードが置かれていました。この日のコースはAdrianが全部組んでくれたもの。友人にこういうことをしてもらえるのは、本当にありがたいです。

蟹と冬瓜の、優しい序章

鮮蟹肉冬茸羹・冬瓜と蟹肉の羹

一品目は蟹肉と冬瓜のとろみスープ。ほぐした蟹の繊維がたっぷり入っていて、冬瓜の甘みがスープに溶け出しています。優しい塩梅で、これから始まる食事への助走として完璧でした。

淡く、透明に。素材で食べさせる二皿

玻璃明蝦球・クリスタル海老の炒め

「玻璃(ガラス)」と名がつく通り、透明感のある海老。ぷりぷりと弾ける食感で、味付けは驚くほど淡い。素材そのものを食べさせる一皿です。

椒鹽鮮蟹拑・蟹爪の椒塩揚げ

一転して香ばしい揚げ物。カラリと揚がった蟹爪に、ニンニクと胡椒塩の香りが効いていて、刻んだ赤ピーマンが彩りを添えます。殻を割ると真っ白な身がぎっしり詰まっていて、思わずワインが進みます。笑

蒸し物にこそ、技が宿る

清蒸黃皮老虎斑・ハタの姿蒸し 醤油仕立て

広東料理の真髄はやはり蒸し物にあると思います。この老虎斑(タイガーグルーパー)の火入れが見事で、身がふわりとほどける。生姜とネギの千切りをのせ、熱した油をかけて香りを立たせる古典的な仕立て。シンプルであるほど技術が問われる料理です。

いよいよお目当ての鳩です!

飴色に輝く鳩。カットされ、頭まで余さず供される

外はパリッと香ばしく、皮目の焼き色がとにかく美しい。一口かじると中は驚くほどジューシーで、旨味がぎゅっと閉じ込められています。脂の乗りと火入れのバランスが絶妙で、噛むたびに肉の甘みが広がる。そして何より特筆すべきは「味の軽やかさ」です。全体的にやや薄めの味付けで重さがない。だからこそ何羽でも食べられてしまう。

香港は鳩料理のレベルが本当に高い街ですが、ここは別格だと思っています。台州発祥で北京・上海・香港にも展開する新栄記の鳩にも以前とても感動しましたが、あちらは端正で力強い味わいで、たまに少し濃く感じることもある。その点、ここの鳩は驚くほど軽やか。シンプルなローストに見えて、下処理・味づけ・火入れのすべてが緻密に計算されている。素材のポテンシャルを最大限に引き出した一皿です。

完成まで2日。脆皮という功夫

脆皮乳鴿ができるまで。煮る・漬ける・干す・揚げる、完成まで2日がかりの”功夫”

ちなみに広東には「一鳩勝九鶏(一羽の鳩は九羽の鶏に勝る)」という言葉があるほど、鳩は昔から滋養強壮の縁起物として珍重されてきました。意外なのはその歴史で、広東省の食用鳩は華僑がアメリカや日本から持ち帰った品種を掛け合わせたものだと言われ、意外にも100年ほどの比較的新しい食文化なのだそう。パリパリの皮に仕上げる「脆皮」の技法は、真水から弱火で煮て、タレに漬け、水飴をまとわせて干し、熱した油を何度もかけて揚げる、完成まで丸2日がかりという店もある、まさに広東料理の”功夫”を象徴する一品です。

締めの一皿は、生炒糯米飯

生炒臘味糯米飯・中華ソーセージのもち米炒飯

そして最後の主食がこれ。陳シェフの看板料理のひとつで、香港でもいまや食べられる店が本当に少なくなった一皿です。

何がすごいかというと、生のもち米から炒めること。通常のもち米料理は蒸してから炒めますが、これは生米の状態から、少しずつ水分を足しながら鍋の中で炒め続ける。何十分も鍋の前に張り付き、火加減を見極めながら米に火を通していく、恐ろしく手間のかかる技法です。まさに「功夫菜」の名にふさわしい。

もっちりとした食感に、腊肠(中華ソーセージ)と干し肉の凝縮した旨味。鑊氣(ウォックヘイ)、中華鍋で高温で炒めたときにだけ生まれる、あの香ばしさが立ち上がります。一粒一粒に味が入っていて、あれだけ食べた後なのに手が止まりませんでした。

「功夫菜」という、非合理の美学

広東料理には「食在廣州,廚出鳳城(食は広州にあり、料理人は鳳城より出づ)」という言葉があります。鳳城とは順徳のこと。名料理人を輩出してきたこの土地の技は、蒸す・炒める・煮込むを極限まで磨き上げ、濃厚なソースで覆うのではなく素材そのものの味を引き出すことに徹底しています。だからこそ火入れの精度が容赦なく問われる。

そして香港には、この技術を「功夫」と呼ぶ文化があります。カンフーという言葉が武術だけでなく「時間をかけて練り上げた技」を意味するように、料理においても手間を惜しまないことそのものが価値とされてきた。生米から炒めるもち米飯も、皮をパリパリに仕上げる鳩のローストも、効率だけを考えれば非合理な仕事です。それでもやる。その積み重ねが、他では出せない味になる。

Adrian、いつもありがとう。また鳩を食べに来ます。笑

深圳から14分の距離で、あれだけ効率とスピードを追求する経済圏を見てきた直後に、真逆の価値観で作られた料理を食べる。しかもそれを、弁護士という安定を捨てた友人と、会員制クラブを出た料理長が守っている。この対比と、その裏にある覚悟が、香港という街の奥行きなのだと思います。速さで勝負する街が、同時に、時間をかけることの価値も知っている。鳩を頬張りながら、そんな当たり前のようで見落としがちな事実をあらためて実感しました。

Stellar House 星月居
営業時間:月〜日 12:30〜15:00 / 18:00〜23:00
香港灣仔駱克道382號莊士企業大廈3樓(3/F, Chuang’s Enterprises Building, 382 Lockhart Road, Wan Chai, Hong Kong)
予約:+852-3702-1882(完全予約制)

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この記事を書いた人

ryoのアバター ryo 何でも屋

10年間のフィリピン滞在を経て上智大学を卒業。2度の起業を経験後、外資系企業のカントリーマネージャー、グローバルベンチャーキャピタルのパートナーを歴任し、日本市場の立ち上げとスケールを牽引。現在は上場企業で新規事業開発、海外戦略、海外M&Aを担当、次世代起業家の支援にも取り組んでいます。

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