「続編」はじめてのインド、ムンバイで味覚に叩き込まれた現実、カレーと屋台から見えてきた街の正体

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前編では、はじめて訪れたムンバイという街で浴びた、圧倒的なインスピレーションについて書きました。今回はその続編として、もう少し日常に近い場所、食を起点に、この街を見てみたいと思います。

高級レストランで提供される一皿も、路上で気軽に手渡される屋台フードも、ムンバイでは等しく情報量が多く、どちらもこの街を理解するための大切な手がかりになります。カレーやスパイスという分かりやすい切り口だけでは収まらず、その背景には、暮らしや価値観、スピード感、そして矛盾までもが、そのまま味として表れているように感じました。


Ziya Restaurant、ムンバイを代表する有名店での一食

前回の記事では、ムンバイを代表するシーフードの名店Trishnaを訪れ、初インドの食事として強烈な一皿を体験しました。それに続いて訪れたのが、同じくムンバイを代表する有名店のひとつ、Ziya Restaurantです。

Ziyaは、The Oberoi, Mumbaiホテルの中に入っているレストランで、伝統的なインド料理をベースにしながら、国際的な感覚で再構築した「モダン・インディアン」を提供することで知られています。ローカルだけでなく、海外からのゲストやビジネス層からも支持されており、ムンバイの食文化を語る上で欠かせない存在です。

写真の一皿は、Ziyaのスタイルを象徴するようなスターターでした。

右側に並ぶ丸い料理は、パティ(patty)、あるいはティッカ(tikka)やカバブ(kebab)と呼ばれるタイプの一品。インド風の揚げ物、または焼き物で、上には鮮やかな緑色のチャツネと松の実が添えられています。この日は、豆を使ったレンティル・パティがベースになっており、Ziyaを率いるシェフ、ヴァインート・バティア氏が、過去にロブスターと組み合わせたスターターを提供していたことでも知られています。

左側の細長い料理は、シーク・カバブ(seekh kebab)。子羊肉を使ったケバブが、濃厚で深みのある赤いマサラに包まれ、横にはピンク色の漬物が添えられています。スパイスはしっかりと感じられつつも重さはなく、肉の旨味が前に出る構成で、全体のバランスがとても良い。一口ごとに層のある味わいが立ち上がり、時間をかけて向き合いたくなる一皿でした。


スパイスの奥にある静けさ、Ziyaのタンドリーチキン


次は、タンドリーチキン(Tandoori Chicken)。濃厚な赤いマサラでマリネした鶏肉を焼き上げた一皿で、横には黄色いソース、ハーブが添えられています。

スパイスの香りはしっかりと立ちながらも、重さはなく、火入れの加減もとても繊細。
鶏肉の旨味が前に出る構成で、Ziyaのような高級モダンインディアンレストランでは定番とされる理由がよく分かります。

見た目のインパクトとは裏腹に、味わいは驚くほど洗練されていて、
インド料理に対して持っていたイメージを、また一段更新してくれる一皿でした。


重たさが残らない、マトンカレーとサフランライス


次に運ばれてきたのは、マトンカレー(Mutton Curry)とサフランライス(Saffron Rice)
深みのある色合いのカレーに、香り高いサフランライスが添えられた、落ち着いた佇まいの一皿です。

マトンはしっかりとした旨味がありながら、驚くほど柔らかく、スパイスとの一体感があります。
辛さが前に出るというよりも、複数のスパイスが層を作り、後からゆっくりと余韻が広がっていく印象。
ソースは濃厚ですが重さはなく、自然と次の一口へと手が伸びます。

サフランライスは香りが控えめで、あくまでカレーを引き立てる役割。
主張しすぎないことで、マトンの旨味とマサラの複雑さがより際立ちます。

Ziyaの料理全体に共通して感じたのは、「スパイスを効かせる」というよりも、「スパイスを設計している」という感覚でした。このマトンカレーもまた、インド料理に対する固定観念を静かに更新してくれる一皿だったと思います。


カレーが並ぶ意味が見えてくる、コンカン地方の定食スタイル

次の一品は、President, Mumbai – IHCL SeleQtions ホテル(旧 Taj President)内に位置する、評価の高い本格的なインド西海岸料理のレストラン The Konkan Cafe。ここでは、マハラシュトラからゴア沿岸にかけて広がる コンカン地方(Konkan Region) の伝統的なターリー(Thali)が提供されていました。

金属製の丸いプレートの上に、小皿で複数の料理が美しく並ぶスタイル。一皿で、この土地の日常と海沿いの食文化がそのまま立ち上がってくるような構成です。

中央に置かれているのは、フィッシュフライ(Fish Fry)
セモリナ粉(Semolina)で衣付けされた香ばしい揚げ物で、衣には魚の卵が混ぜ込まれており、外はカリッと、中は驚くほど旨味が濃い。シンプルですが、強く記憶に残る味でした。

周囲には、コンカン料理を象徴する5種類以上の小皿が並びます。

赤いカレー(Red Curry)は、ココナッツと赤唐辛子をベースにした、酸味と辛味がはっきりした味わい。
黄色いカレー(Yellow Curry)は、ターメリックとココナッツミルクが主体で、まろやかで包み込むような存在です。
ダール(Dal)は、マスタードシードやカレーリーフが効いた、ごく日常的な豆のカレー。
エビのカレー(Prawn Curry)は、他と比べて一段辛く、海沿いの料理らしい力強さがあります。
豆のスパイス炒め(Usal / Sabzi)は、食感とスパイス感が際立ち、カレーの合間に良いアクセント。
ライタ(Raita)は、ヨーグルトにザクロやスパイスが加えられ、辛さをやさしくリセットしてくれます。
玉ねぎときゅうりのフレッシュサラダ(Fresh Salad)は、シンプルながら全体のバランスを整える存在でした。

Ziyaの洗練された一皿とは対照的に、
このターリーは「生活としてのインド料理」を、そのまま体験させてくれる構成。
ムンバイという街の奥行きを、改めて実感した食事でした。


ムンバイの交差点で見た、数字では語れない現実

街を移動している最中、信号無視だとして交通警察官に止められる場面に遭遇しました。
ただ、Uberの運転手は完全に否定。そこからしばらく、路肩で言い合いが続きます。

興味深かったのは、その後の展開でした。
一向に切符は切られず、やり取りが続いた末、運転手が警察官に手渡したのは 300ルピア・インド(約540円)。それを受け取ると、何事もなかったかのように解散。

ちなみに、その時のUberの乗車料金は 約250ルピア・インド(約450円)
移動費より高い「解決コスト」が、その場で成立していました。

フィリピンに住んでいた頃、20年近く前に何度も目にしていた光景。
それを、ムンバイではごく日常の延長として、目の前で再び見ることになるとは思いませんでした。

この出来事が印象的だったのは、賄賂そのものよりも、その距離の近さです。
観光地の裏側でも、ニュースの中でもなく、普通に街を移動している最中に起きる。
ムンバイという街のリアルは、こうした瞬間に、強く立ち上がってきます。


ムンバイの最後は、屋台で完結する

ムンバイの屋台フードといえば、「ワダ・パウ(Vada Pav)」。「インド版コロッケパン」や「ベジタリアン・バーガー」とも呼ばれ、間違いなくムンバイのソウルフードです。

ワダ(Vada)」は、スパイスで味付けしたジャガイモをマッシュし、ひよこ豆の粉(ベサン粉)の衣を付けて揚げたもの。ターメリック、マスタードシード、ショウガ、ニンニクの香りが立ち、見た目以上に輪郭のはっきりした味。

それを挟むのが「パウ(Pav)」。柔らかいパンにワダを挟み、チャツネや唐辛子と一緒に頬張る。シンプルですが、この街では圧倒的に「正しい」食べ方です。

滞在中は、ホテルでも歯ブラシに使う水までミネラルウォーターを徹底していました。
ただ、帰国最終日くらいはと屋台フードに挑戦!

高級レストランから屋台まで、ムンバイの食は、階層ではなく地続きで存在しています。
この一口で、この街の輪郭が、ようやく一周した気がしました!

インド・ムンバイのフードカルチャーは、この街の成り立ちそのものを映し出しています。インド西海岸に位置する港町として、古くから香辛料や海産物、外国文化が行き交い、コンカン地方の魚介料理やココナッツを多用したカレーが日常に根付いてきました。一方で、英国統治時代の影響を受けたクラブキュイジーヌやホテルダイニング、近年台頭するモダン・インディアンまでが同じ都市に共存しています。屋台のワダ・パウから五つ星ホテルのコース料理まで、食の階層は分断されず連続しており、スパイスの強度や価格帯の違いはあっても、すべてが「ムンバイの味」として成立している。この多層性こそが、ムンバイという都市のエネルギーを最も分かりやすく伝えてくれます。

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この記事を書いた人

ryoのアバター ryo 何でも屋

10年間にわたるフィリピン滞在を経て、上智大学・比較文化学部を卒業。学生時代から様々な事業の立ち上げに携わり、サラリーマン、起業、国内+外資系企業社長、取締役、顧問、株主などをスタートアップ及び上場企業で経験。

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