何度でも戻ってしまう理由がある、技と時間が積み上げた牛たん屋さん

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炭火の前に立ち、生の牛たんを網に置いて焼いている瞬間。
1990年の創業以来、オーナーシェフの本田克臣さんは、今も変わらずこの焼き場に立ち続けています。牛たん専門店自体が今ではかなり珍しくなりましたが、30年以上、同じ人が同じ場所で牛たんと向き合い続けているという事実は、それだけで特別だと感じます。

小学生の頃、親に初めて連れて行ってもらい、祖父母とも一緒に通っていた牛たん屋さんがあります。
気がつけば30年以上。フィリピンに住んでいた10年間も、日本に一時帰国するたびに足を運んでいました。大学生の頃に帰国し、そのまま日本での生活が続いていますが、そこから今に至るまで平均すると月に一度ほど。最低でも累計250回以上は通っている計算になります。

ここは、味だけでなく思い出も含めて、自分の中に深く刻まれている店です。
以前はもう少し大きな店舗でしたが、道路工事をきっかけにビルを建て替え、店は少しコンパクトに。その流れで空間はモダンになりました。ただ、不思議なことに、焼き場の空気感やリズムは、昔の記憶とまったく変わっていません。

焼き色が入った牛たんを返す瞬間。余計な動きは一切なく、目線は常に牛たんに集中しているプロフェッショナル。
派手な演出も、多くを語ることもない。ただ淡々と、同じ所作を積み重ねる。その姿を何十年も見てきましたが、「今日は違うな」と感じたことは一度もありません。それ自体が、この店の完成度を物語っているように思えます。

仙台でも数多くの有名店を食べ歩いてきました。
それでも結局、気づくと「戻ってきている」のはここ。特別に派手なことをしているわけではないのに、記憶に残り続け、定期的に身体が欲してしまう味です。

この店の強みは、驚くほどブレないこと。
仕込み、切り方、塩の当て方、火入れ。そのすべてが長い時間をかけて研ぎ澄まされ、余計な要素が削ぎ落とされています。牛たんというシンプルな素材だからこそ、誤魔化しは一切きかない。その難しさを、毎回静かに超えてきます。

この店の看板は、やはり牛たんの炭火焼きです。
レモンを軽く搾り、漬けたもやしとからしを添えて食べる。このシンプルな組み合わせが、驚くほど完成されています。

表面は香ばしく焼かれ、中は驚くほど柔らかい。
噛みしめるたびに旨味がじわっと広がり、余計な装飾がなくても成立していることが、ひと口で分かります。長い時間をかけて最適化されてきた焼きと味のバランスが、静かに伝わってきます。

もう一つ、毎回感動してしまうのが茹でたんです。
箸を入れるとほろりと崩れるほど柔らかく、口の中で静かにほどけていく。添えられたわさびとの相性も抜群です。

さらに印象的なのが、茹でたんの汁。牛たんの旨味がじんわりと染み出し、そのまま飲んでも美味しい。炭火焼きとはまったく違うアプローチで、素材の底力を実感させてくれる一品です。
他にも、時間をかけて煮込まれたたんシチューがあります。

牛たんしゅうまいは、この店ならではのユニークな一品です。メニューには「牛たんをミンチにして、大きな大きなしゅうまいにして蒸しあげました」と書かれています。その言葉どおり、ひと口目からしっかりとした存在感があります。牛たんの旨味に軟骨など他のパーツも合わさり、噛むほどに食感の変化が楽しめます。蒸し料理でありながら輪郭のはっきりした味わいに仕上がっており、一見すると意外性のあるメニューですが、食べてみるとしっかり「この店の味」です。牛たん専門店だからこそ成立する一品で、定番とは違う角度から、この店の奥行きを感じさせてくれます。

そのほかにも、
国産牛ハラミのあみ焼き、モツ大串炭火焼き、野菜の炭火焼、サラダ、麦とろめし、タンスープ、タン茶漬け、おつまみ一品など、食事としても、一杯やる場としても成立する懐の深いメニュー構成。
デザートのごまプリンまで含めて、最後まで完成度が途切れません。


流行りの店や話題の名店は、これからも増えていくと思います。
それでも、人生の節目や、少し疲れた時、ふと思い出して足が向くのは、こういう店なのだと思う。

技と時間が積み上げたものは、静かですが、圧倒的に強い。
何度食べても、やはりここが一番だと思ってしまう。
そんな牛たん専門店が、今も変わらずそこにあること自体が、ちょっとした奇跡のように感じています。

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この記事を書いた人

ryoのアバター ryo 何でも屋

10年間にわたるフィリピン滞在を経て、上智大学・比較文化学部を卒業。学生時代から様々な事業の立ち上げに携わり、サラリーマン、起業、国内+外資系企業社長、取締役、顧問、株主などをスタートアップ及び上場企業で経験。

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