
今回のムンバイ出張のメインテーマのひとつが、The 2025 ICCO Global Summitへの参加と登壇でした。ICCO(International Communications Consultancy Organisation)は、世界80カ国以上のPR・コミュニケーション業界団体が加盟する国際組織で、このGlobal Summitは、その年ごとの業界テーマを象徴する、最も重要なグローバルカンファレンスです。
各国のPRエージェンシー経営者、グローバルネットワークの幹部、投資家、テクノロジープレイヤーが一堂に会し、PR業界が直面している構造変化や、次の成長モデルについて議論する場でもあります。開催地は毎年異なり、今回はインド・ムンバイという、急成長市場のど真ん中での開催となりました。
今年のサミットには「The Change Agenda(変革のアジェンダ)」という野心的なテーマが掲げられていました。ただ、3日間にわたる議論を通じて強く感じたのは、「変化」という言葉ですら、今この業界で起きている揺らぎの大きさを十分に表現しきれていないということでした。むしろ今、PR業界に本当に求められているのは、「レジリエンス(回復力)」を前提にした再設計なのではないか、という感覚です。
ここで語られていたレジリエンスは、単に困難に耐えるという受動的なものではありません。環境変化を前提条件として組み込み、組織や個人が“動作するためのOS”のようなものとして、意図的に構築していく能力。その有無が、今後のスピード差を決定づける、そんな認識が共有されていました。
冒頭から、業界を取り巻く緊張感は明確でした。
「我々は前例のない不確実性の時代にいる」
「この5年で起きる変化は、過去50年分に匹敵する」
各国の経営層からは、危機が“イベント”ではなく“環境”として常態化した世界で、リーダーシップを担うことの難しさが率直に語られます。危機は終わらず、CEOの交代率は上昇し、常に消耗戦のような状況が続いている。
印象的だったのは、「レジリエンスは防御ではなく、攻めであるべきだ」という視点です。不安定さを避けるのではなく、むしろ競争優位に変えていく。そのためには、政治・地政学・社会構造の変化を前提に、意思決定とコミュニケーションの設計そのものを見直す必要がある、という共通認識がありました。
パネル:「Consultancy Growth and Evolution – PR firms, what’s next?」

PRエージェンシー・PR代理店の成長と進化をテーマにしたパネルディスカッションに、パネリストとして登壇しました。PRエージェンシーを取り巻く環境変化を背景に、M&A、組織設計、内製投資、そして今後求められる成長モデルについて、地域や立場の異なる視点から議論を深めました。
パネルでは、業界再編を俯瞰してきたM&Aアドバイザリーの視点と、急成長市場で独立系エージェンシーを率いる実践的な視点が交差する構成となりました。
登壇者:
- Lee Nugent 氏(Founding Director, Stretford Advisory)/ モデレーター
シンガポールを拠点に、PR・コミュニケーション領域でグローバルに活動 - Kate Midttun 氏(Founder & CEO, Acorn Strategy)
中東で独立系エージェンシーを率いながら、業界団体の要職も務める - George Kypraios 氏(Chief Executive Officer, Yefira Group)
PR・マーケティング業界におけるM&Aや業界再編を、アドバイザリーの立場から長年支援 - 梅澤亮(株式会社ベクトル、海外戦略本部兼海外M&A本部 本部長)
地域も立場も異なる視点が交差する構成で議論の中心となったのは、PRエージェンシーを取り巻く環境変化と、その中での成長戦略です。AIの急速な進化、クライアントから求められる統合型サービス、人材構造の変化、そして世界的な業界再編。いずれも「これから起きる話」ではなく、「すでに起きている現実」として語られていたのが印象的でした。

私からは、日本市場における上場PRグループとしての視点、そしてベクトルが実践しているM&Aと内製投資のハイブリッド戦略について共有しました。過去数年で複数の企業をグループに迎え入れてきた背景には、単なる規模拡大ではなく、900社以上のリテイナー顧客の変化するニーズに応え続けるための機能拡張があります。同時に、外部投資だけでなく、社員発の事業提案を支援する社内アクセラレーション(ベクトルプレナー)や、AI・動画・データ領域への内製投資も、重要な成長エンジンとして位置付けています。

セッションを通じて強く感じたのは、「M&Aはゴールではなく、あくまで手段である」という認識が、登壇者全員に共通していたことです。売却か独立か、内製か外注か、拠点拡大かパートナーリングか。唯一の正解はなく、それぞれの企業が自分たちのフェーズと目的に応じて選択する時代に入っている、という空気が会場全体にありました。
中心から周縁へ、PR業界の重心移動
今回のサミットを通じて強く感じたのは、業界の重心が確実に「周縁」へと移動しているということです。アジア太平洋や中東のエージェンシーでは、従来のピラミッド型組織から、よりフラットで柔軟な構造への移行が進み、インドはもはや特殊例ではなく、新しいモデルの代表例として語られていました。現地で培われた即興性や、制約下での創造性(jugaad)は、グローバルに応用可能な方法論として再評価されています。
世代の話も同様です。NextGenセッションでは、若手の「焦り」は未熟さではなく、環境変化への感度の高さとして捉え直されていました。昨日まで機能していたチームや構造が、明日の戦いでは通用しない。その現実を、若い世代ほど正確に理解しているという指摘には説得力がありました。
AIと情報環境の変化も、避けて通れないテーマです。生成AIが「インターネットの編集長」になりつつある中で、企業サイトは公式情報の最終拠点となり、同時にフェイクコンテンツは、これまでにないリアリティと速度で拡散される。機械に向けて発信していることを常に意識しながら、人間にしかできない判断力や物語性が、逆説的に重要性を増しています。
一方で、業界内部の課題も率直に語られました。高いバーンアウト率、ハラスメントやDEIの停滞、年齢による排除。危機が常態化した世界では、「沈黙」はもはや中立ではなく、無関心や共犯と受け取られてしまう。そうした環境下で、リーダーや組織に求められる姿勢は、これまで以上に問われています。
ムンバイというエネルギーの強い都市で、この議論に参加できたこと自体が、今の業界のダイナミズムを象徴しているように感じました。街、食、そしてこのサミット。今回のインド出張は、PRという仕事が向き合っている「現在地」を、改めて立体的に考える機会になりました。
変化のアジェンダは、もはや既存のルートをなぞるだけでは実現しない。
PRが「対応する存在」ではなく、「変革をリードする存在」であり続けるためには、自らの重心をどこに置くのかを、改めて問い直す必要がある。ムンバイでのICCO Global Summitは、そう強く突きつけてくる場でした。