
先週、東京で開催された Advertising Week Asia(アドバタイジングウィーク) にて、パネルディスカッション「日本と東南アジアが共創する成長の新時代 — 投資家兼起業家が描くアジアの未来」のモデレーターを務めました。
Advertising Week Asia への開催は今回で9回目。広告・マーケティングの枠を超え、事業、投資、スタートアップ、そしてアジア全体の成長構造を議論する場として、このイベントの性格も年々アップデートされていることを実感します。
登壇者

今回のパネルには、日本と東南アジアを実際に「行き来しながら」投資・起業・事業成長を経験してきたお二人を迎えました。
大久保 義春 氏(Partner、BEENEXT)
住友商事での事業投資・事業開発を経て、East Ventures の立ち上げ期から東南アジア投資に関与。その後、東南アジア最大級のグロースファンドEast Ventures Growth(9億ドル超)の立ち上げメンバーとして参画し、現在はBEENEXTにて、日本・東南アジア・インド・米国を横断する投資をリード。シードからグロースまで、東南アジアのスタートアップエコシステムを10年以上見続けてきたVC経験。
木我 寛之 氏(Partner, Antler SEA & Japan)
日本生まれ・ジャカルタ育ち。投資銀行マッコーリーグループ、VCのGREE Ventures(現STRIVE VC)を経て、B2Bフィンテック企業を創業。シンガポール、インドネシア、香港、マレーシアの4カ国に展開し、事業をスケールさせた後、PEへのエグジットを経験。現在はAntlerにて、日本と東南アジアを中心にアーリーステージ投資を担当しています。
「成長市場」は、数字だけでは語れない
議論の前半では、なぜこれほど早い段階から東南アジアに魅力を感じ、投資・起業を続けてきたのか、という話題から入りました。
人口ボーナス、GDP成長、平均年齢の若さ。
マクロ指標だけを見れば、東南アジアは非常に分かりやすい成長市場です。
一方で、実際に事業をやってみると、
・直前キャンセル
・数時間単位の渋滞
・「今向かっている」が本当に向かっているか分からない
といった、日本では考えにくい出来事が日常的に起きます。
それでも撤退せず、現地で事業や投資を続ける理由は何なのか。
パネルでは、「大変さ」と「可能性」は常にセットで存在している、という共通認識が語られました。
東南アジアのスタートアップは、どう育ってきたか

大久保さんからは、東南アジアのスタートアップの成長史が整理されました。
- Eコマース
- フィンテック(決済)
- ロジスティクス
この3領域が、過去10数年で一気に立ち上がり、各国でユニコーンや上場企業が生まれました。日本では既にインフラとして完成していた分野が、東南アジアでは「未整備」だったことが、テック企業の急成長を後押しした形です。
現在は、B2B SaaS や広告、インフルエンサー、ライブコマースなど、次のレイヤーに挑戦するスタートアップが増えています。
フィンテックが伸びた本当の理由

木我さんから語られたのは、フィンテック領域で事業をスケールさせた実体験です。
東南アジアでは、
・銀行がカバーできていない中小企業が多い
・国内外送金、決済、レンディングのニーズが強い
・政府や規制当局がスタートアップと直接対話し、制度を作っていく
こうした背景があり、イノベーションが現実的に受け入れられやすい土壌がありました。
特にシンガポールでは、規制当局が起業家の声を聞きながら制度設計を進める文化があり、日本との対比が非常に印象的でした。
日本企業が失敗しやすいポイント
パネルの中で何度も出てきたのが、
「日本でうまくいったモデルを、そのまま持ち込む危険性」です。
通貨表示、価格設定、UX、商習慣。
細かな違いを軽視すると、簡単に失敗します。
キーワードは一貫して
ローカライズ、ローカライズ、ローカライズ。
現地を理解し、権限を持たせ、任せる。
それができない限り、成長は難しいという点で意見は一致しました。
テック以外にも、大きなチャンスはある
興味深かったのは、必ずしもテックである必要はないという話です。
店舗型ビジネス、飲食、家具、小売。
日本では当たり前の業態でも、東南アジアではまだ最適化されていない領域が多く存在します。
実際に、ローカライズされた店舗型ビジネスが上場まで到達した事例も紹介され、
「テックでなければ投資対象にならない」という思い込みへの警鐘も鳴らされました。
まとめ

日本の常識は、東南アジアでは通用しません。
一方で、東南アジアの「普通」も、日本では再現できない強さを持っています。
パネルの中で印象的だったのは、東南アジアでは「予定通りに進まないこと」が特別な出来事ではない、という前提でした。時間通りに人が来ない、急な渋滞でミーティングがずれる、当日になって予定が変更される。こうしたことは例外ではなく、日常の一部として受け止められています。
日本のように、高い精度でスケジュールやプロセスが守られる環境に慣れていると、最初は戸惑う場面も多い。ですが、それはルーズなのではなく、インフラや制度、人的リソースなど、複数の不確実性を前提に社会が動いているという違いに過ぎません。
だからこそ、日本で成功したやり方や、綿密に作り込んだ計画をそのまま持ち込んでも機能しないケースが多い。必要なのは、計画を完遂する力よりも、ズレが起きる前提で調整し続ける柔軟さです。
実際、日本企業がつまずきやすいのは、現地に適応する前に「正しさ」や「日本基準」を当てはめてしまうこと。時間感覚、価格設定、UX、意思決定のスピード。どれもローカルの現実を起点に再設計しなければ、持続的な成長にはつながりません。
一方で、この環境に順応できた起業家や企業は強い。不確実性の中で意思決定を重ねてきた経験は、東南アジア市場に限らず、他地域へ展開する際の“思考の耐久力”として蓄積されていきます。ローカルを理解し、短期成果を求めすぎずに関わり続けること。それが、日本と東南アジアが本当の意味で共創していくための前提条件だと、改めて感じたパネルでした。