気づけば、中国は日常のすべてで先を行っていた。そこに感じた危機感!

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この夏、友人たちに会うために、香港・深圳・上海を数日で駆け巡りました。それぞれの都市での出来事は、Rice Roboticsの新体制お披露目香港の広東料理上海の台州料理を個別に書いてきました。でも今回は、都市をまたいで通底していた、ある一つの感覚について書きたいと思います。それは、あらゆるサービスがデジタルで動く「DX」の徹底ぶりと、それを支える圧倒的なスピードと柔軟性です。

目次

まず驚いたのは、そのスピード

3つの都市は、それぞれ役割がまったく違います。香港は世界有数の金融ハブであり、国際的な資本と情報の結節点。深圳は世界最強のハードウェア製造拠点で、フィジカルAIの震源地。上海は巨大な消費市場であり、デジタルサービスの実験場。個性はバラバラですが、どの街にも共通していたのが、意思決定から実装までの速さでした。最先端のヒューマノイドから、街角のマッサージ店まで、あらゆるレイヤーで「とにかく速い」。その熱量に、正直、圧倒されっぱなしの数日間でした。

そして今回、いちばん書きたいのは、なかでも上海で痛感した”街角のDX”のことです。タクシー、マッサージ、モバイル充電。誰もが毎日当たり前に使う、暮らしに身近なサービス。その一つひとつが、デジタル化によって、日本のはるか先を行っていた。最先端のAIやロボットではなく、こんな日常の隅々のDXでこそ、この国の凄みを痛感しました。日本のサービスは世界一だと、どこかで思い込んでいた自分がいます。その自信が、静かに揺らいだ数日間でもありました。

街角のDX その1:タクシーはアプリ戦争

まずタクシー。乗ってみて驚いたのが、ドライバーの運転席まわりが、まるでコックピットのようになっていること。ダッシュボードには複数のスマホが並び、一台は地図ナビ、もう一台には次々と配車注文が流れてくる。待機している注文の数、応答までの秒数、距離。そうした数字を目まぐるしくチェックし、地図を操りながら、常に「次にどこで誰を乗せるか」「どのエリアに需要があるか」を見ている。運転しながら、いくつもの操作を同時にこなしているのです。

中国では今や、滴滴(DiDi)のような専業配車だけでなく、地図アプリ(高德など)が数百社の配車サービスを束ねる「アグリゲーター配車」が主流です。一つのアプリから複数社に同時に配車リクエストが飛び、ドライバーはそれを奪い合う。乗客も運転手も、複数のアプリを当たり前に使い倒しています。

まるでコックピット。複数のスマホで配車と地図を操り、天井には車内広告のディスプレイ

そして天井を見上げると、後部座席向けの大きな広告ディスプレイ。「欢迎乗坐出租車(タクシーへようこそ)」の文字が流れていました。これは日本のタクシーでもすっかりお馴染みになった、あの車内広告画面と同じ仕組みです。移動する車内が、そのまま広告メディアになっている。

実は私自身、かつてタクシー配車アプリ「HAILO」の日本法人代表を務めていたことがあります。だからこそ、この配車エコシステムの成熟度には唸らされました。日本で配車アプリを広めようと奮闘していた頃から思えば、中国のこの”アプリが生活のOSになっている”状態は、隔世の感があります。配車、決済、地図、広告。すべてがシームレスに繋がっている。

もっとも、良いことばかりではありません。ドライバーが運転中に何台ものスマホを操作し、次の注文を追い続ける姿には、正直、安全面での不安も覚えました。実際、中国でも「定額運賃で渋滞に嵌まると、ドライバーが焦って超速や接触事故を起こしかねない」という指摘があるといいます。効率とスピードを突き詰めるほど、その裏でリスクも生まれる。この光と影は、DXがどれだけ進んでも、人が運転する限りついて回る課題なのかもしれません。

街角のDX その2:マッサージ店の完全DX

もっと驚いたのが、マッサージ店です。

疲れが溜まっていたので一軒に入ったのですが、まず内装に目を奪われました。無印良品のように、木目とベージュを基調にした、余計な装飾を削ぎ落としたミニマルなデザイン。かつての中国の足つぼ店にありがちだった”こってりした内装”のイメージは、どこにもありません。聞けば中国では今、こうした洗練された内装の「新中式推拿(ネオ・チャイニーズ整体)」が若者を中心に大流行しているのだそうです。

WeChatのミニプログラムで、最寄り店を選んで直前でも予約可能「静謐空間・沈浸式体験」

体験は、完全にデジタル化されていました。予約はWeChatのミニプログラムから、最寄りの店舗と空き時間を見て、事前でも直前でも取れる。決済もすべてオンラインで完結します。ここで、日本との違いを痛感しました。日本ではマッサージひとつ受けるにも、たいてい事前の予約と、それを見越したプランニングが必要です。でも上海では、疲れたと思ったその瞬間に、近くの店をアプリで見つけて、フラッと寄れてしまう。この「思い立ったらすぐ」の手軽さは、本当に快適でした。

ワイヤレス充電、ウェットティッシュ、エナジーナッツ、雪梨茶まで。指先まで行き届いたもてなし

そして何より、そのもてなしが徹底して行き届いていました。上下のパジャマとスリッパが用意され、施術用の個室はホテルのよう。棚には、ワイヤレス充電パッド、おしぼり代わりのウェットティッシュ、エナジーナッツ、そして「雪梨茶」(梨やナツメを漬けた養生茶)まで、必要なものが過不足なく並んでいる。施術が終わったら、そのまま仮眠していってもいい。「静謐空間・沈浸式体験」を謳うだけあって、指先まで神経の通ったおもてなしでした。

何より快適だったのが、店舗でお金のやり取りが一切ないこと。予約の時点でアプリ決済が済んでいるので、会計もチップもなく、施術が終わったらそのまま店を出るだけ。追加コースや回数券を勧められることもありません。価格は予約時に見た数字のまま、一円も変わらない。この”お金の気配がない”感覚は、想像以上に心地よいものでした。調べてみると、こうしたマッサージ・整体のプラットフォームは全国100都市以上をカバーし、技師は身分証・健康証・専門資格の三重審査を経て、使い捨ての用品を客の前で開封するなど、安全性や衛生面もしっかり管理されているそうです。

料金は60分で8,000円ほど。日本の街のマッサージ店と比べても決して安くはありません。でも、このデザイン、この清潔さ、この行き届いたもてなしを体験すると、その価格にしっかり納得してしまう。中国のサービスは今、明確に”高付加価値”で勝負している。しかも、その徹底ぶりが半端ではない。細部の一つひとつまで、これでもかと神経が行き届いている。労働集約型の”街のマッサージ屋さん”が、これほど洗練され、システム化され、堂々とした価格で成立している。この完成度を目の当たりにして、「おもてなしは日本のお家芸」という思い込みが、音を立てて崩れました。

そして、これは帰国後に知って驚いたのですが、中国最大級のマッサージ・足つぼチェーン「華夏良子」が、2026年、香港市場での上場を目指して動き出したそうです。成功すれば、中国初の「足つぼ・マッサージ第一号株」になる。中国全土で400店舗以上を展開し、ドイツやアメリカ、カナダなど海外にも進出。累計3億人以上に施術してきたというから驚きです。中国のマッサージ・フットケア市場は7,000億元、日本円にして約14兆円規模。これほど巨大な市場なのに、これまで上場企業がゼロだったというのも意外でした。AIや半導体、ロボットが経済ニュースの主役を張る時代に、「足つぼ屋さんが上場する」。この振れ幅こそ、今の中国の面白さだと思います。

街角のDX その3:モバイル充電が上場する国

酒屋の軒先に並ぶ、複数社のシェア充電器。街角のインフラがナスダック上場企業を生む

充電インフラも同じです。酒屋の軒先に、複数社のシェア充電器が並んで設置されている。スマホでQRを読めば数十秒でバッテリーを借りられ、どこの店舗でも返せる。屋外にむき出しで置かれていて、雨とか大丈夫なのかなと少し心配にもなりますが、そんな細かいことを気にするより、まず置いてみる。使われながら改善していく。そのおおらかさもまた、中国のスピード感の一部なのかもしれません。

面白かったのが、一つの店先に、競合する複数社の充電器が仲良く並んでいたこと。日本の感覚だと、ライバル同士の機械が同じ場所に同居しているのは、なかなか信じられない光景です。思わず笑ってしまいました。でも、よく考えれば、これも競争の必然。中国ではこの”街角の充電インフラ”を、「三電一獣」と呼ばれる数社が激しく奪い合っていて、店側に高額な設置料を払って場所を確保しています。だから店にとっては、一社に絞る理由がない。払ってくれるなら、全部置けばいい。過当競争が生んだ、なんとも合理的でカオスな光景です。競争ってそういうものだよな、と妙に納得してしまいました。

面白いのは、そのうちの一社「怪獣充電」が、2021年にアメリカのナスダックに上場していること。「共享充電第一株(シェア充電第一号株)」として資本市場に躍り出ました。街角のモバイルバッテリー貸出が、ナスダック上場企業になる。マッサージといい、充電器といい、”街角の労働集約型サービス”が次々と資本市場へ向かっていく。この流れ自体が、中国のサービス業DXの勢いを物語っています。

もっとも、その怪獣充電も上場後は株価が振るわず、いまは非公開化を模索していると聞きます。過当競争のなかで各社が店への設置料をつり上げ、消耗戦になっている。上場すればゴール、というわけではなく、そこからが本当の勝負。華やかさの裏にある競争の厳しさも、また事実です。

それでも、ローカルは生きている

ここまで、DXとスピードの話ばかりしてきました。でも、この街の魅力はそれだけではありません。

唐辛子だらけの大皿を囲む夜。効率化の裏で、この人間くさい時間は変わらない

滞在中、友人たちとこんなローカルな店にも足を運びました。テーブルいっぱいに並ぶ、真っ赤な唐辛子だらけの料理たち。あさりの唐辛子炒め、レバーやアヒルの舌を干し唐辛子と和えた一皿。どれも汗が吹き出すほど辛くて、お酒が止まらない。スマホで何でも完結する超効率社会の裏側で、こういう昔ながらの、猥雑で人間くさい食堂が、変わらず賑わっている。

アプリで予約し、キャッシュレスで払い、何もかもが滑らかに流れていく。その一方で、こうして大皿を囲んで、手を汚しながら、汗をかいて笑い合う時間は、何も変わっていない。最先端のDXと、この泥臭いローカル感が、同じ街に同居している。むしろ、テクノロジーが効率を極めていくからこそ、こういう人間くさい時間の価値が際立つのかもしれません。

「実装の速さ」こそ、学ぶべきもの

タクシー、マッサージ、街角の充電器。上海で見たのは、日常のあらゆるレイヤーで「考えたことを、すぐ形にする」という共通の姿勢でした。完璧を期して立ち止まるより、まず出して、走りながら直す。その圧倒的なスピードが、経済全体の推進力になっている。

考えていたのは、日本と中国の「思想の違い」です。日本のサービスは、時間を厳守し、決められた手順を寸分違わず徹底し、熟練の技を何十年もかけて磨き上げることに価値を置きます。以前書いた、30年以上ずっと同じ焼き場に立ち続ける牛たん屋の大将のように。その積み重ねが、他では真似できない品質と信頼を生む。これは日本の、かけがえのない強みです。

一方で中国のサービスは、柔軟性とスピード、そして臨機応変にユーザーのニーズへ合わせることを重視しているように見えました。決められた型を守るより、目の前の需要に素早く応える。完璧でなくてもまず出して、フィードバックを受けて直していく。マッサージをフラッと予約できる手軽さも、タクシーが複数アプリを使い倒す姿も、競合の充電器が同じ店先に並ぶ光景も、根っこは同じ。「その時、その場のニーズに、最速で応える」という思想です。

どちらが正しいという話ではありません。熟練と徹底を極める日本、柔軟とスピードで攻める中国。目指す方向がそもそも違う。ただ、こと「スピード」と「実装」という一点においては、日本は完全に負けている。そう認めざるを得ませんでした。日本が誇る品質やおもてなしは、今も世界一かもしれない。でも、そのサービスを「まず形にして、走りながら磨く」という速さでは、完全に後れを取っている。しかも中国は、その品質面でも、もう猛烈な勢いで追いついてきている。事業をやる人間として、この現実を突きつけられた気がしました。うかうかしていられない。その危機感だけは、はっきりと持ち帰ってきました。

そして、あの唐辛子だらけの食卓のように、どれだけ効率化が進んでも消えない、人間くさい温かさもある。効率と、体温。スピードで先を行かれた悔しさを噛みしめながら、それでもまたこの街に戻りたくなっている自分がいます。

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この記事を書いた人

ryoのアバター ryo 何でも屋

10年間のフィリピン滞在を経て上智大学を卒業。2度の起業を経験後、外資系企業のカントリーマネージャー、グローバルベンチャーキャピタルのパートナーを歴任し、日本市場の立ち上げとスケールを牽引。現在は上場企業で新規事業開発、海外戦略、海外M&Aを担当、次世代起業家の支援にも取り組んでいます。

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