香港の広東鳩から、上海の台州鳩へ。海が育てた二つの食文化

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新栄記の鳩。飴色の照り、端正で力強い台州の一羽

香港で友人のAdrianのお店の鳩を堪能した、その足で上海へ飛びました。当初の予定を変更してまで向かったのは、どうしても会いたい友人たちがいたから。予定を組み替えてでも会いたい人がいる、というのは幸せなことです。

そして上海でも、私はまた鳩と向き合うことになります。香港であれだけ鳩を語っておきながら、上海でもお目当ては鳩。我ながら筋金入りの鳩好きです。笑

上海で旧友たちと囲んだのが、台州料理の名店・新栄記でした。新栄記はこのブログにも何度か投稿していますが、今回は上海店。浙江省・臨海の小さな食堂から始まり、いまや北京・上海・香港・東京にまで広がって、ミシュランの星を数多く集める存在です。

この日一緒に食卓を囲んだのは、起業家の友人Ben Xiongと、新しく知り合った友人。Benとはもう15年の付き合いになります。旧交を温めつつ、新しい縁も生まれる。そんな食事は、それだけで格別でした。

目次

冻蟹から始まる、江南の海

冻蟹・三門青蟹の冷菜。菊花をあしらった、江南の海の贅沢

まず登場したのが、この美しい冻蟹。台州名物の三門青蟹を、タレに漬け込んで冷たく仕立てた一品です。黄色い菊花をあしらった見た目からして華やか。殻を開けると、ねっとりと濃厚な身と卵が現れます。加熱した蟹とはまったく違う、生に近いとろりとした食感と、タレをまとった濃密な旨味。これぞ江南の海の贅沢です。

沙蒜豆面、この店で一番語りたい一皿

沙蒜豆面・イソギンチャクと豆麺の煮込み。台州料理を語るなら外せない一皿

そして、鳩と並んで私がこの店でぜひ語りたいのが、この沙蒜豆面です。

写真を見てください。とろりと半透明に輝く豆面が、飴色のスープをたっぷり吸い込んでいます。「沙蒜(シャースアン)」は、砂地に棲むイソギンチャクの一種。見た目がニンニクの頭に似ていることから「砂のニンニク」という素朴な名で呼ばれる、台州の珍味です。「豆面」はさつまいもの澱粉から作る、平たい春雨のような麺。この地味な食材同士の組み合わせなのに、驚くほど旨い。ぷりぷりコリコリと弾ける沙蒜の食感と、旨味を吸い込んでつるりと喉を通る豆面。椎茸と青ねぎの香りも効いていて、一度食べたら忘れられません。

面白いのは、この料理が実は「郷土の伝統料理」ではないこと。もともと台州沿岸の漁師町にあった「沙蒜豆面湯(スープ)」を、新栄記が上海進出にあたって汁気を減らし、沙蒜を増やして”家庭の炒め煮”に仕立て直した、いわば創作料理なのだそうです。それが上海の食通たちを唸らせ、「沙蒜豆面を食べずして台州料理は語れない」とまで言われる看板になった。素朴な海の幸を、これほど魅力的な一皿に昇華させる、新栄記の真骨頂がここにあります。

麦饼、郷土の家庭の味

麦饼・臨海の豚肉と卵の麦餅。屋台の庶民の味が、星付き店のコースに

臨海の郷土料理、麦饼も外せません。もともとは台州・臨海の街角の屋台で売られている庶民の味で、小麦粉の薄い皮で豚肉・卵・青ねぎを包んで香ばしく焼き上げた、素朴なおやきのような一品です。切り分けると、ジューシーな豚肉と卵の断面が現れます。ミシュランの星付きレストランのコースに、屋台のB級グルメがしれっと登場する——この気取らなさこそ、新栄記が「高級台州料理」でありながら愛される理由だと思います。豪華な海鮮の合間に、こうした家庭の味、街の味がそっと差し込まれる。この緩急が、台州料理の懐の深さです。

そして、お目当ての鳩!

15年来の友人、起業家のBen Xiong。手前は飴色に輝く台州式の鳩ロースト

さて、お待ちかねの鳩です。冒頭の写真がそれですが、飴色の照りをまとった端正なロースト。皮はパリッと香ばしく、身はしっかりと肉の味が濃い。

実はつい先日、香港のAdrianの店で広東式の鳩を堪能したばかり。だからこそ、上海で台州式の鳩と向き合うのは、またとない食べ比べの機会でした。香港・星月居の鳩が驚くほど「軽やか」だったのに対し、新栄記の鳩は「端正で力強い」。同じ鳩のローストでも、広東と台州ではこれほど表現が違うのかと、あらためて感心しました。どちらが上ということではなく、それぞれの土地の味覚がそのまま形になっている。

15年来の友人と、こうして旧交を温めながら鳩を頬張る。手袋をはめて蟹に格闘し、鳩にかぶりつく、マナーも何も、気心の知れた仲だからこその食卓です。こういう時間のために、予定を変えてでも会いに来る価値がある。

海が育てた、二つの食文化

中国料理には「食在廣州(食は広州にあり)」という言葉がありますが、海の幸を活かす食文化は広東だけのものではありません。台州料理もまた、東シナ海の恵みを、塩と家庭の知恵でそのまま活かすことに徹してきた体系です。広東が蒸す・炒めるという技で素材の「香り」を引き出すのに対し、台州は素材の「鮮度と滋味」をまっすぐ皿にのせる。同じ海のそばで育ち、同じく素材を尊ぶ姿勢を持ちながら、その答えはこれほど違う。

そして新栄記が見事なのは、その素材主義を「庶民の郷土料理」から立ち上げていることです。漁師町のまかないだった沙蒜豆面も、屋台のB級グルメだった麦饼も、生まれは決して高級料理ではありません。それを、手間を尽くして磨き上げ、世界が認める一皿に変えた。着飾らせるのではなく、土地の味の芯を残したまま洗練させる。効率だけを考えれば、屋台の味をわざわざ星付きの一皿に仕立てるなんて非合理な仕事です。それでもやる。その積み重ねが、他では出せない味になる。

Ben、そして上海の友人たち、また会いに行きます。予定を変えてでも。笑

香港で広東の鳩を、その数日後に上海で台州の鳩を。効率とスピードで進む隣で、誰かが手間と時間をかけて土地の味を守り続けている。香港の広東料理も、上海の台州料理も、どちらも海が育て、それを受け継ぐ人がいるからこそ、今も味わえる。数日のあいだに二つの鳩を食べ比べるなんて贅沢をしながら、食文化というのは土地の数だけあるのだ、という当たり前のようで見落としがちな事実を、あらためて実感しました。

新栄记(新栄記 BFC外灘金融中心店)
上海市黄浦区中山東二路600号 BFC外灘金融中心 北区N3棟3階
※黄浦江を望む店内。予約推奨

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この記事を書いた人

ryoのアバター ryo 何でも屋

10年間のフィリピン滞在を経て上智大学を卒業。2度の起業を経験後、外資系企業のカントリーマネージャー、グローバルベンチャーキャピタルのパートナーを歴任し、日本市場の立ち上げとスケールを牽引。現在は上場企業で新規事業開発、海外戦略、海外M&Aを担当、次世代起業家の支援にも取り組んでいます。

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